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白玉だんごのバイト遍歴

この文章はハワイから帰国後の2001/2/9に書き下ろしました。


大学入学時点でも、入学後しばらくしてからも、自分の進路というか、なるべき職業が思いつかない「モラトリアム大学生」だった白玉。とりあえず人生勉強!と時間と能力の許す限りのアルバイトをはしごし始めました。当時は30種類は仕事をしたと記憶していますが、卒業前後にメモした「職種リスト」は実家の物置の奥深くに眠っていてすぐには出ないため、記憶に残っているバイトについてだけですが、ご紹介いたします。

電話系
その後ある意味「これが白玉の天職だ!」と思えるようになった「声を出す」仕事。化粧やおしゃれには当時からあまり気合を入れていなかったので、「声を出しても顔を出さないで済む」ところが気に入っていました。
ラジオの電リクお姉さん
史上2番目に長い約2年間続きました。地元の放送局で毎週(土)(日)の午後、ラジオスタジオ隅にある2台の電話の一台を担当し、週末ワイド番組のオンエア中にリクエスト曲とリスナーの面白い話題をB6ペラの原稿にまとめて、ガラス向こうの調整室のディレクターに回すのです。書いた原稿がそのままスタジオに回ってパーソナリティさんに初見で読まれるため、頭から読んで内容が判り、しかも最後に落ちが来るよう要領よく文をまとめる力が必要で、このスキルを磨けたことは現在も感謝しています。リクエスト常連の女子高生からファンレターをもらったこともあるし、スタジオゲストに来ていた当時アイドルの荻野目洋子にサインをもらったことも、思い出かな♪
NTTの交換手
実家の母の紹介で、夏休みの一ヶ月間毎日通いました。今では番号案内もキーボードパチパチだそうですが、当時は目の前に分厚い電話帳、コレクトコールなどの交換も「オペレーターしゃべり」のかたわら回線のヒモを壁の穴に挿して文字どおり「つなぐ」アナログな仕事。今ではNTTも合理化で、交換業務そのものが大都市に統合されてしまったとか。電話の原点ともいうべき、貴重な体験をさせてもらいました。
選挙のかけまくりお姉さん
市会議員候補の選挙事務所に出向き、名簿片手に「○○をよろしくお願いします」と電話をかけまくる、短期だったけど送迎つき、食事つきでおいしい仕事でした。何度も同じ家にかけると「もう○○先生って決めてますから」と保守的なお土地柄らしい応答をされたし、事務所といっても田んぼのど真ん中のプレハブ小屋、台風で停電したとき「表のクルマのヘッドライトを窓に向けて照らしたら」と提案して感謝された思い出が。

飲食系
これも4日間から2年半まで、短期長期いろいろやりました。特に小規模なお店で長期間勤める場合、店主さんの人柄や相性のよさが大切だ!と、身を持って覚えました。
すき焼き店のお運びさん
何フロアもある大規模すき焼き食堂のお運び。ユニフォームが紫色の着物だったことしか覚えてません。
ステーキハウス
店主ひとり、カウンターだけの小さなお店。長期ってことで始めたけれど、マスターがあまりに几帳面で性に合わなかったため、4回通ってやめました。盛り付けるキャベツの量までやかましかったけど、お米の研ぎ方だけはしっかり叩き込まれたのでそれだけは感謝。白玉が卒業するころにはそのお店、つぶれてました。
ファーストキッチン
言わずと知れたハンバーガーのファストフード。紙の帽子にユニフォーム姿でにこやかに。でも年配客の「フィッシュバーガーって何?」の質問に「魚のフライをパンにはさんだもので」と適当に説明したら「臨機応変すぎる、もっとマニュアルに従え」と一ヶ月でクビ同然に。この支店も後日つぶれただか撤退だかで他の店に。
居酒屋手伝い in 信州
実家の街の駅前に、親戚の奥さんが経営している赤提灯の地下の居酒屋。ここも夏休みだけの臨時雇いでキッチンの手伝い。イカをさばいて煮付けにしたときの手順はもう忘れたけれど、「バター一箱を16個に切ってタッパーに移しとけば便利」って知恵は、今も実践しています。
定食屋さんのお運びさん
カウンター7席にテーブルが7つって規模の、大学近くの定食屋。そこのフロアを一人でまかされ2年半。客は男子学生ばかりの店内で、週3〜4日は勤めた「唯一続いた女の子」厨房の気さくなマスターとママ夫婦に、最後は看板娘同然に可愛がってもらいました。支給された450円の日替わり定食はおいしかったし、ポニーテールにジーパンという普段着でくるくる動けたし、マスターがやっていた高校野球トトカルチョの実物なんかを見られたし、ロマンスなんかは無かったけれど(笑)、思い出多い最長期間のアルバイトです。

毎週何回×長期系
職種いろいろ、メリットいろいろ、実入り、思い出、いろいろでした。
100円ケーキの実演販売
週末ごとにスーパーの実演販売テーブルで、某パンメーカーの100円ケーキを売る仕事。配送トラックに同乗して県内津々浦々のお店を回るのも楽しかったけど、ノルマが無いのに自分で口上を考えて客に売り込み、いつも夕方までに担当分を終わらせたのが自慢。「いらっしゃいませ、いらっしゃいませ、お持ち帰りにお茶のお供に、おいしいショートケーキはいかがでしょうか〜」これもかなり長期間続けた覚えがあります。
家庭教師
「高三女子、英語だけ」って条件に、他の学生は引いてたけれど、英語だけしか教えられない白玉は「これだ!」と飛びつき週一回。自転車で30分かけて通って彼女を志望校に合格させました。優秀な女の子で、受験問題のミスを脇から指摘するだけだったから案外楽だった印象が。でも3月に仕事終了でそのお宅から合格記念にいただいたのが、消え物のたった「クッキーひと缶」。こんなことまで覚えているとは、食べ物の恨みは恐ろしい?あの彼女、今ごろどこでどうしているかしら。
洗濯
労災で入院していた身寄りの無い男性のため、大学近くの病院に週2回出向いて院内のコインランドリーで洗濯、乾燥。面会時間内だったらいつ行ってもよかったし、待ち時間に自販機スペースでいろんな入院患者さんと雑談するのも楽しみでした。卒論のため最終学年前にやめたときには、雇い主である彼の社長さんに料亭で接待までしていただいて、全体に楽でおいしい長期バイトでした。

単発系
これも内容は実にさまざま。主に大学の学生課掲示板に出ていた、一日もしくは数日間のバイトです。
世論調査
郊外の数地区を回り、選挙前に「誰に投票するか」みたいなことを聞いて回った体力仕事。いちおう交通費は支給されたけど、平坦地だから自転車を駆使して、交通費もちゃっかり懐におさめた記憶が。
交通量調査
交差点などによくいる、座ってカウンタをちゃかちゃか押す仕事。大通りとはいえ田舎で交通量も少なく、一日退屈だったものです。
サンプル配布
JR駅前でカゴを持ち、通勤客にサンプルを配る仕事。といっても商品が「女性限定」だったので、恥ずかしいやらかさばるやら。募集条件が「女性限定」だったのは、色気が欲しいからだけではなかったのでした(^ ^;)
コンパニオン
こちらは女性を色気で雇う?仕事。といっても新製品発表パーティー会場前の廊下に、おそろいのTシャツを着た30人の女の子が並んで立って、来客に一斉に頭を下げて「いらっしゃいませ!」新製品ったって「お鍋」ですよ、お鍋。パーティー終了後に料理のおこぼれはいただいたけど、着てたTシャツも回収されてしまい、「私たちは何だったの?」なつかしいバブル全盛期ならではのお仕事でした。
チケットの座席番号スタンプ押し
プロレスだかの興業のため、チケット発売前に座席番号を一枚ずつスタンプで押す仕事。数人で会議室にこもってやったのですが、単純作業が一番苦手な白玉、途中うとうとしながらの作業で、とにかく眠かったという記憶しかありません。ちゃんとできていたんだろうか?

とこのように、アルバイトも多種多様。30種類の半分しか思い出さなかったけど、記録した紙がいつか出てきたら、さらに追加でバイト遍歴を紹介したいところです。


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