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◆From Brenda to Jane-ブレンダからジェーンへの手紙-(15)◆
Brenda Manges Papadakis著 "Dear Jane - The Two Hundred
Twenty-Five Patterns from the 1863 Jane A. Stickle Quilt"
1996, Published by Wrights をテキストにして、p.152 を白玉だんごが翻訳しました。
文中の黒カッコは白玉の訳注や補足、赤カッコは原文にもあるカッコです。
Black letters in parenthesis are the transrator's notes,
but red letters including parenthesis are originally shown in the text.
11月24日
親愛なるジェーン、
あなたは生涯ずっとシャフツベリーに住んでいたの?この町自体がわくわくするような歴史を持っていると思わない?
シャフツベリーは1761年8月20日にベニン・ウェントワース(Benning Wentworth)によって制定され、
その数年後にあの(アメリカ独立)革命や、ヴァーモントの州昇格があったのよ。シャフツベリーの
最初の二人の入植者は、ジョン・ブレイクリーとデイヴィッド・ブレイクリー(John and David Blakely)だった。
彼らはあなたの親戚だった?ジェーン。
ルース・レヴィンの本『平凡な英雄たち、シャフツベリー物語(Ordinary Heroes, the Story of Shaftsbury)』によると、
ルイザ・A・バートン(Louisa A. Barton)がシャフツベリー初の女性官吏だった。
彼女は1854年9月30日に町の助役になったのよ。あなた彼女を知っていた?ジェーン。
もちろん、シャフツベリーのことを語るならジョナス・ガルーシャ(Jonas Galusha)のことに触れなきゃいけないわ。
彼は1777年にバーゴイン(Burgoyne<英国の将軍・劇作家>)が降伏した当時、グリーンマウンテンボーイズの
彼の隊の指導者で、1809年〜1812年と、1815年〜1819年の間、州知事を務めたのよ。
あなたは彼のことを知らなかっただろうと思うけど、あなたのお父様はきっとご存知だったでしょうね。
わたしが彼の家を訪ねたとき、彼の子孫のマージョリー・ガルーシャ夫人(Mrs. Marjorie Galusha)
が話してくれたのだけど、あなたのご家族はガルーシャ家の隣の、200エーカーの農場に
暮らしていたことが、はっきりしているそうよ。あなたは彼のこどもたちと、ジェーン、
2軒のおうちの間を行ったり来たりして遊んでいたのかしら?
あなたの遊び友達、ブレンダより

2月14日
最愛のジェーン、
この手紙をしばらくお休みするときが来たわ。あなたの人生の一端を共有するって、なんて
素晴らしい体験だったか。事実もあれば、空想も、単なる感情も混じってることは判ってる。
わたしははるか昔あなたのキルトを『Plain and Fancy』で見た日と同じように、
今もあのキルトに夢中です。わたしの本は今や擦り切れてぼろぼろだし、使い込んだし
あちこち旅もしたわ。この本も共有すべき思い出ばかりよ。
もう一冊わたしが引きつけられ、使い込んだ本はね、ジェーン、祖母の聖書なのよ。
おばあちゃん(Gransy は辞書になかったが、大文字だし祖母の名ではないと次の文で判るのでこう訳しました)は
何年もの間、彼女をたたえてその名をつけた日曜学校で教えてきた。1945年12月25日に、
ブランチェ・マンゲス・バイブル・クラス(Blanche Manges Bible Class)がこの聖書を祖母に贈ったのよ。
宝物のような献辞の間におばあちゃんが書いた一文を、あなたと共有したいわ、ジェーン:
「不滅について意見を求められた、あの年老いたスコットランド人教師をご存知か?
彼はこの命が終わった後に眠りから覚め続ける手段があると言い、見回して言う、
いやはや、誰が思いついたやら!」
あなたにお会いする日まで、ブレンダより
前の手紙を読む(The preceding letter)
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